2012年3月26日月曜日

【清水和夫メールマガジン】第5号 アーカイブス 2011.2.25

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清水和夫メールマガジン~自動車大航海時代~
2011年2月25日 第5号
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ポルシェのスーパーカー、カレラGT誕生秘話
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ルーブル美術館の発表会

2000年9月、私はパリオートサロンに参加するためコンコルド広場の近くにあるホテルに滞在していました。
当時は世界的なITバブルで高級車が飛ぶように売れ始めた頃でした。「環境」か「エゴ」かの選択を強いられる自動車メーカーは分岐点に立っていたといえます。
ホテルの部屋のベルが鳴りました。コンシェルジュがポルシェからの招待状を届けてくれたのです。「明朝6時にルーブル美術館でお会いしましょう」。カレラGTの発表会の案内でした。ルーブル美術館に早朝6時にプレスを集めるとは大胆な試みだと思いましたが、しばらくして1984年10月のパリサロンで発表されたフェラーリ・テスタロッサがパリの有名なキャバレーで開催されたことを思い出しました。
カレラGTはポルシェにとって959以来の久しぶりのスーパーカーです。「カレラGTは917の生まれかわり」という人がいます。1971年にルマンを完全制覇したポルシェ917は水平対向12気筒を搭載するモンスターマシンでした。水平対向6気筒エンジンを二つ直結して開発された水平対向12気筒は、紛れもなく当時のレースエンジンの常識を覆す秀作でしたが、この時に発表されたカレラGTは917に匹敵する大きなエンジンを搭載していまし
た。68度バンクの5.5リッターV10エンジンをカーボンモノコックの中央に配置するミドシップレイアウトは、カウル付きのF1と呼べました。

しかし、その背景には紆余曲折の末の出産という裏話があったのです。

カレラGTはルマン24時間レースで勝つために開発されました。1990年代後半のルマン24時間レースで活躍したポルシェのレーシングカーといえば911GT1/LM98。水平対向6気筒ツインターボをミドに搭載する本格的なレーシングカーでしたが、レギュレーション変更でその戦闘力が危ぶまれていました。そこでポルシェは次期ルマンカーのベースとなるスーパースポーツカーを開発し、ルマン24時間レースでデビューさせる計画をもっていました。
ところがポルシェの社主であり、当時多大な影響力を持っていたフォルクスワーゲンのピエヒ会長の意向でその計画は白紙に戻されました。ピエヒ会長は、ポルシェ創業者の直系の孫であり、1971年のルマン24時間レースでポルシェ917を優勝に導いたチーム監督だったのに、なぜでしょう? これは当時、フォルクスワーゲングループのアウディとベントレーもまた、ルマン24時間レースに参戦する計画が進められていたため、それらに対してカレラGTはあまりにも強敵となってしまうことを恐れ、ポルシェが辞退したと言われています。
カレラGTはルマン24時間レースにデビューする機会は失われましたが、しかし、ポルシェのヴィーデキング社長は、カレラGTを幻のスーパーカーに終わらせないようにビジネス路線をスイッチしたのです。ヴィーデキング社長は、まもなく生産を開始するカイエンために作られた近代的なライプツイッヒ工場で、カレラGTを生産する構想を打ち立てました。

話を発表会当日に戻しましょう。早朝6時、雨の降る中まだ薄暗いパリの街並みを抜けてルーブル美術館に向かうと、多くのプレスが冷気に包まれた会場に集まっていました。しかし会場はカレラGTへの高まる期待で雨空を吹き飛ばす熱気に溢れていました。私も固唾を呑んで見守る中、アンヴェールされたカレラGTは流麗なプロポーションで、レーシングカーの生まれ変わりとしては、あまりにもエレガントなスタイルを持っていると感じました。
V10エンジンをカーボンモノコックのミドに搭載するカレラGTは、今までにないほど革新的なレーシングカーでした。当時の常識を打ち破るほどのパフォーマンスはサーキットでも、最高のパフォーマンスを発揮してくれそうでした。この時に発表されたV10エンジンは従来のフラット6エンジンより20kgも軽い165kgと発表されました。5.5リッターという排気量はルマンのレギュレーションから決められたものでした。しかし、前述のとおりこのレーサーモデルのカレラGTはルマンで姿を見ることはできませんでした。

ジュネーブでの再会

パリサロンでデビューしたカレラGTはプロトタイプでしたが、2003年のジュネーブショーで本格的な市販モデルとしてふたたび登場しました。外観はパリサロンで登場したプロトタイプとほとんど変わりませんが、ルーフを取り外すことのできるタルガトップが新鮮に写りました。
V10エンジンはボアピッチを2mm拡大した98mmに変更することで、排気量は5.5リッターから5.7リッターに拡大されました。そして量産エンジンとして様々な耐久性を与えたことで、エンジン重量は214kgとなりました。最高出力612ps/8000rpm、最大トルク600Nm/5750rpmはスーパーカーと呼ぶにふさわしい内容でした。
ホイールベースはプロトタイプが911GT1/LM98と同じ2700mmでしたが市販モデルは2730mmとなり全長も大きくなりました。これに関しては「市販モデルなので衝突安全などを考え、フロントのクラッシュ・ボックスを延長した」というのがポルシェの答えでした。ほかにも重量がプロトタイプよりも130kg重い1380kgとなるなど、一般道を走るために様々な変更が施されました。しかしタイヤは左右非対称のユニークなパターンを
持つミシュラン・パイロット・スポーツが採用され、フロントが265/30R19、リヤが335/30R20という当時としては驚異的なサイズが与えられました。さらにホイールはレーシングカーと同じセンターロック方式だったことにも驚きました。
ポルシェはタイヤメーカーにどんな性能を求めたのでしょうか。ミシュランによると、カレラGTの厳しい要求は高速耐久性から始まったといいます。誰がアウトバーンで330km/hで走り続けるかわらないので、400km/hレベルの高速耐久テストは入念に行われたそうです。
ダイナミクスは妥協せずにかつ安全性を高め、しかも乗り心地も重要な課題だったそうです。これらはタイヤメーカーにとって非常に厳しいハードルといえます。しかし、ミシュランはそれを乗り切ったのです。

プロトタイプはエンジンがカーボンモノコックに直接ボルト留めされていましたが、市販モデルは振動を考慮し、サブフレームを介して結合されました。またプロトタイプでは縦置きだったギアボックスは横置きに改められ、カーボン・セラミックで作られる超軽量小径化されたPCCC(ポルシェ・カーボン・コンポジット・クラッチ)により、極めて低い位置に置かれました。
ロードカーとしてのカレラGTの開発コンセプトは低重心を徹底させることでした。低重心はダイナミクスを高めるだけではなく、乗り心地にも効果的なのです。低重心のこだわりは往年の名車917へのリスペクトともいえます。さらに車体はベンチュリー効果を狙った車体床面のアンダーカウルが装着されました。空力特性もカレラGTのもう一つの重要なコンセプトでした。結果としてカレラGTのスタイリングは911GT1とは異なりますが、ボンネット
やテールの処理に市販モデルの911のイメージを抱くことができます。

ニュルブルクリンクで示した実力

私がカレラGTの走る姿を初めて見たのは、ドイツのニュルブルクリンクでした。テストの聖地ともいえるこのコースで、明らかに他のクルマとは異なるエキゾーストサウンドを聞かせてくれました。V8よりもかん高いエンジン音はカレラGTの存在感を示すのに充分な役割を演じていたといえます。
ニュルブルクリンクで耐久テストを行っていたカレラGTのステアリングを握るのはポルシェ社のベテラン・ドライバーでした。レーシングスーツではなく、作業用のつなぎを着たそのドライバーは、与えられたテストメニューをコツコツとこなしていました。耐久テストといっても北コースを8分フラット前後の速いラップタイムで周回を重ねており、そのポテンシャルは他を圧倒していました。
完成したカレラGTの速さは元WRCドライバーとして著名なワルター・ロールのドライブで証明されました。北コースで7分33秒を記録したのです。コーナーリングの最大横Gはバンクのついたカルッセル・コーナーで1.45G。最高速度は緩い上りのストレートで294km/hをマークしました。ライバルのマクラーレン・メルセデスSLRは7分43秒、ポルシェGT2(996モデル)が7分46秒くらいで走っていたことを考えると圧倒的な速さを
理解していただけるでしょう。ドイツの自動車雑誌のテストでも7分40秒を記録しており、ニュルブルクリンクの最速ラップホルダーとなったのです。
(つづく)

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2012年3月16日金曜日

【清水和夫メールマガジン】第4号 アーカイブス 2011.2.10

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清水和夫メールマガジン~自動車大航海時代~

2011年2月10日 第4号
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日本こそコンパティビリティ

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1998年10月、日本の軽自動車が再出発しました。日本の国民車構想のもと発展してきた軽自動車の大きさが、衝突安全のため大幅に見直されたのです。海外ではその前年、1997年にメルセデス・ベンツの小型車Aクラスが革新的な安全コンセプトを持って登場しました。そのコンセプトとは前号のメールマガジンでも取り上げましたが「コンパティビリティ」(Compatibility、共生)という概念です。クルマの大きさ(硬さや形状)の違いから生じる衝突安全の格差を解決する画期的なコンセプトでした。

当時、日本では軽自動車の安全性が議論されていました。小型車よりも緩い基準が軽自動車ドライバーの安全性を軽んじていると問題視されたのです。小型車と同じ基準にするべきかどうか、自動車業界で大きな議論となりました。その結果、新しい軽自動車は衝突安全性を小型車と同じ基準にするべく、長さ3.40m、幅1.48m(高さは変わらず2.00m)となり、1990年1月に改定された時の長さ3.30m、幅1.40m(高さ2.00m)と較
べ、ひと回り大きくなりました。これでようやく前面と側面衝突に対応できるボディとなったわけです。ちなみにエンジンの排気量は1990年の規格改定時と変わらず660ccだったので、クルマの重量が増したぶん軽自動車の燃費は小型車よりも悪くなってしまいました。

話はそれましたが、この新規格によって軽自動車の安全性が飛躍的に高まりました。日本の自動車産業の技術水準の高さを用いて、エアバッグやプリテンショナーベルト、ベルトフォースリミッターなどの安全装備が軽自動車にも普及したことで軽自動車のイメージは大きく変わりました。それまで軽自動車のイメージは「安かろう悪かろう」でしたが、安全性が小型車と変わらないことを国が認めたのですから、安心して軽自動車を買う人が増えたのです。実際に
安全性は高まり、多くの人命を交通事故から救うことができました。

しかし、これで軽自動車の安全性が高まったと喜んではいけません。課題は二つありました。

第一に日本の前面衝突安全基準が、試験車全面をコンクリートの壁に50km/hでぶつける「フルラップテスト」しか行っていないことでした。日本はアメリカの法基準を採用したのですが、欧州ではフルラップに代わって前半分のみ衝突させるオフセットテストが法基準として制定されていました。それぞれのテストは目的が違い、オフセットはキャビンの生存空間を評価するテスト法で、フルラップはシートベルトやエアバッグなどの拘束装置を評価するテス
ト法といえます。二つのテストは同じように見えますが、物理学ではまったく異なる特性を求めています。

フルラップでは柔らかいボディのほうが良い成績を得やすいのですが、いっぽうのオフセットは硬いボディが有利です。しかし現実社会の衝突事故を考えるとエンジンルームを柔らかくしてエネルギーを吸収し、キャビンは生存空間を保つために、硬く設計することが求められます。つまり両方のテストが必要なのです。特に軽自動車は自分よりも大きなクルマとぶつかるケースが多いので、キャビンだけではなく車体全体を硬くする必要があるのです。

もう一つの課題は、大きなクルマと小さなクルマの衝突で、どのように乗員の傷害を平等にするのかという課題でした。この課題を前述のコンパティビリティで解決すべきなのです。軽自動車が存在する日本こそ、自動車メーカーにとってチャレンジしがいのある技術課題といえます。

衝突事故では本来大きなクルマが有利ですが、コンパティビリティ・コンセプトを採用することで、小さなクルマのエネルギーを吸収できる柔らかいボディを大きなクルマが持ち、双方の被害を低減できるのです。クルマの大きさ、重さ、形状、硬さの違いをコントロールすれば、小さなクルマを守ることができるのです。大きなクルマがやみくもに安全性を高めるべく、どんどん大きくなると、小さなクルマへの加害性は増すばかりです。衝突テストではフルラップとオフセットの両方を行うことが最低限の条件であり、その上で大きなクルマがコンパティブルでなければ軽自動車に安心して乗ることはできません。

しかし、私がその意味を完全に理解したのはそれから4年後の2002年の7月でした。北陸自動車道路のサービスエリアで休憩していると、そこに軽トラックの事故車が運ばれてきました。フロントの左側が大きく潰れていたのですが、幸い助手席には人は乗っていなかったようです。ドライバーも大けがを避けることができたようです。しかし、潰れた軽トラックを目の前に、私は言葉を失いました。なぜなら自分を守るフレームがほとんど無傷で残っていたか
らです。

相手のクルマは不明ですが、軽トラックは下側のフレームはそのまま形が残り、上屋のキャビンだけが大きく潰れていました。この軽トラックのフレームに相手車のフレームがぶつからないと、エアバッグのセンサーも作動が遅れ、なによりもエネルギー吸収できないまま、キャビンが大きく変形してしまうのです。後に相手のクルマは大型のSUVであったことが判明したのですが、コンパティビリティを追求しなければ、2トン近い重さでバンパーの位置が高く、しかも硬いフレームでできたSUVとぶつかった軽トラックは見るも無惨な結果となるのです。

この時、コンパティビリティ・コンセプトを考案したメルセデス・ベンツの安全担当責任者であるインゴ・カリーナさんにインタビューしたことを思い出しました。カリーナさんはインタビュー冒頭に「メルセデスの安全の三種の神器は、3点式シートベルトとオフセット対応ボディ、そしてコンパティビリティ」と断言したことを今でも鮮明に記憶しています。「どんなに衝突安全の成績が優れていても、実際の事故では実験室のようなわけにはいかない」という
のがカリーナさんの主張であり「ぶつかる相手は様々な大きさ、硬さ、形状をもっており、大きくて、重くて、バンパーの位置が高いSUVとぶつかればメルセデスのSクラスでもリスクは高まるのです」としめました。

Aクラスはメルセデスのなかでもっとも小さなボディなので、いくらAクラスを安全に作っても相手次第ということが気になっていたのです。この小型車を作ったことでメルセデス・ベンツが目覚めたといえるかもしれません。そして軽自動車が多く存在する混在交通を持つ日本こそ「コンパティビリティ的安全思想」はかならず必要であると思ったのです。

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2012年3月10日土曜日

【清水和夫メールマガジン】アーカイブス 2011.1.25

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清水和夫メールマガジン~自動車大航海時代~
2011年1月25日 第3号
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小は大を兼ねるか?

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コンパティビリティ

小さなクルマの購入を考える時にどうしても頭から離れないのが「万が一ぶつかった時、小さいと危ないかもしれない」という不安です。これは物理の原則なのでどうしようもありません。水は高いところから低いところに流れるが如く、衝突エネルギーは大きいほうから小さいほうに流れます。だから、重く頑丈なクルマが有利なのは当たり前です。小さいクルマの潰れ方がひどいのは、大きなクルマのエネルギーが小さなクルマで吸収された結果なのです。環境に優しい小さなクルマに乗っているほうが、万が一の事故で被害が大きいとは理不尽といえるでしょう。

我が家は昨年スマートを買いました。ESP(ESC=横滑り防止装置)が備わっているので、自損事故(スピンや横転など)の心配はありませんが、大きくて重いクルマにぶつけられた時がちょっと不安です。スマートはエンジンを車体後方に置くことでフロントのクランプルゾーン(Crumple Zone=緩衝)を増やし、前面衝突の乗員保護性能を小型車レベルに高めた秀作ですが、後方からの衝突には弱いかもしれません。ですから、いつも交差点で
止まるときは、前のクルマとの距離を少し空けておいて、バックミラーを見ながら後続車が二台くらい止まる素振りを見せるまで逃げる場所を作っておきます。スマートに乗ってからそんな習慣が身につきました。

ところで皆さんは自動車の安全に関連した「コンパティビリティ」(Compatibility)という言葉を聞いたことがありますか? 1990年代、日本で自動車の衝突安全がようやく法令化されましたが、自動車安全がライフテーマであった私は、日本メーカーの取材だけでは満足できずに、海外メーカーも積極的に取材しました。その時、聞き慣れない新しい安全コンセプトをメルセデス・ベンツで安全技術を担当するインゴ・カリーナさんから聞いた
のです。それが「共生」という意味をもつ「コンパティビリティ」という言葉でした。ぶつかってもお互いにサバイバルするという理想的なコンセプトですが、実現するには非常に難しいクルマ作りが要求されます。

当時、世界の自動車メーカーが一堂に集まって、安全を議論するESV国際会議(Enhanced Safety of Vehicles、自動車安全技術国際会議)で、アメリカは側面衝突、欧州はオフセット衝突をテーマにして研究することが決まっていました。日本は歩行者事故が多いので、歩行者保護がテーマでした。ちょうどその時、メルセデス・ベンツはW210(Eクラス)とスマートを衝突させた「コンパティビリティ」のデモを公開したのです。
「コンパティビリティ」とはクルマの大きさ、重さ、形状、硬さにかかわらず、衝突被害を分担するという高度な自動車設計コンセプトだったのです。

メルセデス・ベンツは全長3m以下のスマートと、全長3.6mのFF小型車Aクラスを1997年頃に市販化しましたが、この二つの小型車を世に出すにあたり、W210のEクラスから「コンパティビリティ」コンセプトで車体を設計したのです。メルセデス・ベンツの安全性を小型車でも実現するには、どうしても「コンパティビリティ」が必要だったのです。

1990年代を思い出しながら「コンパティビリティ」についてさらに考えてみましょう。90年代は安全基準で先行していたアメリカに続いて日本と欧州でも法制化が実施されました。さらにアメリカで制度化していたNCAP(New Car Assessment Programme、新車アセスメントプログラム)や保険協会が独自に行っているIIHS(Insurance Institute for Highway Safety)という新車の安全情報公開が各国の法制化に深く影響しつつありました。
情報公開はユーザーが安全なクルマを選ぶ目安になるし、メーカー(自動車や部品メーカー)も安全技術を開発する促進剤になるといえます。その結果、新型車は年々安全性が向上し、バリアへの衝突テストの成績は急速に高まっていきました。

しかし、ここに衝突安全の「死角」があったのです。各国で行われているテストはフルラップにしろ、オフセットにしろ、バリアに向かってぶつかった時の衝撃や変形を評価しています。このようなテスト評価が進みすぎるとリアルワールドとの整合性が合わなくなると指摘する専門家もいました。前述のインゴ・カリーナさんもその一人でした。
バリアにぶつかるということは、物理学では自分と同じ大きさ、重さ、硬さのクルマと正面衝突することを模擬しています。しかし、現実の事故では同じクルマ同士でぶつかるケースは少ないのです。
衝突安全はエアバッグやシートベルトなどの拘束装置の性能評価、またオフセット衝突でもキャビンの生存空間を評価することができますが、すべて同じクルマ同士の衝突なのです。実際の事故ではかならずクルマの大小がありますから、小さなクルマが大きな被害を被る悲劇を避けて通ることはできないのです。

実際に事故分析を綿密に行うと、クルマの大きさが異なる(厳密には重量、形状、剛性の違い)クルマ同士の事故の方が、乗員の死亡率が高いということが明らかになったのです。日本では大型トラックと軽自動車が混在する地域での死亡事故が多いというデータもありました。
それまで小さなクルマはぶつかったときに被害が大きいのは、やむを得ないと諦めていました。ですから、お金があれば大きくて丈夫な(安全な)クルマに乗りたいという意識は普通の感覚だったでしょう。
この問題を見事に解決してくれる唯一の策が「コンパティビリティ」なのです。それでは小さなクルマはどのようにしてサバイバルするのでしょうか。えは意外に簡単で「小さなクルマほど頑丈なボディが必要で、クランプルゾーンの確保が不可欠」ということでした。また、大きなクルマも小さなクルマを考えて、フロント部分を柔らかく設計し、面で荷重を受ける形状が望ましいとされました。
このように現実の事故実態から目をそむけずに個々のクルマを設計することが重要です。バリア衝突テストの成績を目指した開発では、間違った方向に技術が進んでしまうかもしれません。次回は日本の軽自動車の安全性を考えながらコンパティビリティについて再考したいと思います。


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